□ コメント
キャンバスを床に寝かせて描いている時は、あまり深く考えないように
している。
油絵具の発色、マテリアルを信頼し、一気に。
表面が落ち着いた頃、おもむろにキャンバスを立てる
この瞬間が一番好きだ。
表面上にはいつも風が吹いている。それもかなりの強風。
その光景はあの時のことを思い出す。
台風がまさに通過しようとする夜、アトリエのシャッターが心配で家の
外に出た。膨大な空気の束が、恐ろしい圧力とスピードを伴い襲い掛か
ってくる。何が飛んでくるかわからず、足がすくんでほとんど前に進め
ない。暗闇のなかで体感した底知れぬ自然のエネルギーには、あらゆる
ものの介入を許さない強固な意志すら感じられた。
これまで作品はほとんど無題だったが、ふと、台風にちなんだ名前をつ
けてみようと思った。「台風のアジア名」というものを調べてみると、
「龍の王」「嵐の神」などイメージ豊かな名前が多い。自然の脅威のよ
うに思われがちな台風も、アジアの人々にとっては自然の恵みを約束す
る神の化身でもあるのだ。雨降って地固まる。混沌ののちの魂の昇華の
ようなものを感じさせてすがすがしい。
私の作品もそんなふうであればと強く願う。
アジア名にこだわらず、「野分」など日本の言葉に由来したものも含め
てみた。名前をつけることで作品は私という存在からはじめて分化し、
多くの人を受け入れる普遍性を得たように感じている。 |