ある覚え書きとして
八代清水六兵衞は今回の個展に当たり、ここ数年の制作を踏まえ、設置された画廊の空間全体を受容する作品の構想をあたためている。それは、2002年にギャラリー白の個展での《Space Receptor 2002-A》などに代表される柱状の造形、そして2007年に第22回現代日本彫刻展(宇部市)で発表された地表面に立方体のブロックが擂鉢状(全体の格好は方形だが)に展開する《光の受容器-2007》を引き継ぐものとなるだろう。このような彼の志向は以前から見ることができる。たとえば、1996年のマスダスタジオ(東京)での個展で発表された2点の《RELATION》はいずれも陶のユニットを柱状に積み上げ、またその「周囲」に別のパーツを配するという、二つの構成要素、そしてそれを取り巻く空間から成り立っている点において、現在の清水の制作を考える上で重要な位置にある。ただし、当時はもっぱら自ら作り出す「かたち」が周囲に影響を及ぼすことで空間の異化を図っていた。今日ではその傾向は抑えられ、自らが作る「もの」とそれが設置される「空間」の関係はより近しいものとなっている。
ところで、清水の造形について考える際、その外見から淵源を考察しても、かつて尾﨑信一郎氏が記したように、20世紀の動向と結びつけることがせいぜいである。しかしながら、マテリアルは単に構想を実体化させる「素材=もの」ではなく、過去の先人たちの記憶を包含した存在であるという考えに立つ場合、彼の「空間を受容する(あるいは、交感する)器」の源泉は何世紀も前に遡る。
太古の土偶や埴輪は措くとして、この国の立体造形のあゆみについて見ると、振幅はあるにせよ飛鳥から奈良、平安を過ぎて鎌倉期まで、時代精神が反映された、いい作例が遺されている。そのほとんどが仏教彫刻であるが、鎌倉期を区切りとして明治期を迎えるまでの長い間、数人の異能の作り手を見ることができるにせよ、全体として沈滞した観は否めない。
仏教彫刻の沈滞と入れ替わるかのようにわたしたちの前に現れる存在が、茶陶を中心としたやきものである。鎌倉期における喫茶の将来が端緒となり、そのなかから室町に入り天目や龍泉窯系の青磁唐物によって美的価値判断の体系が作り上げられた。しかしこの時代の中期、15世紀に入ると村田珠光がいわゆる「珠光青磁」や国焼を見出しており、桃山期には高麗茶盌を経、千利休そして長次郎による樂茶盌が創られた。これは、奈良から平安初期にかけての仏教彫刻の変化に見られた、受容から消化、定着という動きと同じである。
この過程にあって重要な点は、茶陶を生み出した日本人たちが、茶盌をたんなる回転体の容器と見なしていなかったことだ。ゆがみや表面に対する関心は、単なる意匠の面白さに止まらず、茶盌という一箇の「もの」の中に彫刻と同じ構造体のすがたを見出したことを裏付ける。この小文では、仏教彫刻から茶盌への転換に関わる精神史的裏付について、禅宗の受容とその伝播、そしてそれぞれの時代相が深く関わっていたことを挙げ、その存在の指摘のみに止めるが、可視化された佛の姿にではなく、より抽象的なありようの中に日本人の造形精神がそそがれたことは、今日まで遺されている「もの」が雄弁に物語っている。そして、その形状。飯を盛り、茶を点てるために出来上がった(発見された)かたちは、周囲の空間との関連を強く意識する「もの」になった。飯や茶だけではなく、そこには空間と、作り手たちの思想が盛り込まれている。
長次郎以後、作り手たちの貌は多士済々である。過去を継承、あるいは発展させ、時に原点へと立ち戻る姿は、そのまま創造的精神の健やかな運動である。明治期以降、この運動を現代のコトバによって新たに捉え直した作り手が、八木一夫・山田光・鈴木治という走泥社を興した面々であり、そしてまた七代清水六兵衞だった。彼らは同時代の彫刻の動向をも参照しつつ、前者は1950年代に器とその周囲の空間との関わりについて論議し、後者は60年代、具体的に器物が「部分」より成り立っていることについて実作を通して再確認を行っている。付け加えるならば、彼らは器の周囲に存在する空間もまた「もの」であるという認識において(程度にばらつきがあったにせよ)、共通していた。
八代清水六兵衞が、柾博の名で自作を発表した1980年代初頭から今日まで、その造形は八木たちの考察と先代の試みに連なっている。すなわち、清水が自作においてしばしば用いる「作品=もの」の内と外の空間をスリットによって結びつける手法は八木たちが切り拓いた視点に立脚し、立方体における任意の面の撓みが撓みであることの必然は、先代の制作を前史として見ることができる。
清水が足場としているものは、単なる踏襲ではない。彼みずからの造形思考の中に先人たちの営為を読み解くことが可能である点において、血肉化されている。過去と共鳴する精神の運動が、ここにはある。
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