いきづく空間−未完の成
大舩光洋・近松素子・長谷川睦


2011.8.22-9.3 ギャラリー白



未完の成ー決定しない版

奥村 泰彦

 三人の版画家が年に一度出会う展覧会「いきづく空間」は、2004年から回を重ね、今年で8回目の開催となる。
画廊からの提案によって集まった三人には、「版画」技法を制作の手段としている以外に取りたてて共通点があるわけではない。近松と長谷川の二人が銅版を使うのに対して、大舩が用いるのはシルクスクリーンである。また長谷川と大舩が主に抽象的な面による表現を追究しているのに対して、近松は半ば具体的な形象の刻まれた小さな銅版を組み合わせて画面を構成しているように見える。作品とは関連しないことかもしれないが、二人は女性で一人が男性だ。といった具合に、三人のいずれにも共通する特徴を見出すのは難しい。生年を見ると1961年、65年、66年で、同世代と言えば言えるが、5年の開きは微妙なところである。もちろん、共通点があることがグループ展の絶対的な条件ではないのだが、にもかかわらず彼らのそれぞれが制作の根底において共有する何ものかが、単に企画者の呼びかけに応えたという以上に、彼らをこの展覧会に向かわせているようにも思われる。
 今回の展覧会に向けて話を聞く中で、作品を完成させたくないという態度が、三人ともに共通して浮かび上がってきた。未完成への志向と呼んでもよいだろう。完成に行きつかないところで制作を止めること、そしてその困難さに三人ともが共通する思いを抱いていることがわかってきたのである。
 未完成な作品については、そもそも完成と未完成との明白な区別はいかに可能か、という考察も含めて、ミケランジェロやレンブラント、あるいはロダンを参照して、様々な議論や分析がなされている。(シュモル,J.A.編『芸術における未完成』岩崎美術社、1971年)
 しかし、この三人による展覧会で私たちが目にするのは彼らの完成された作品であって、制作途上であるとか下書きであるとかいった意味での未完成な作品を提示しようというわけではないはずである。
 では、彼らが言う「未完成」とはどのような状態なのだろうか。
 おそらくその未完成のありようも、三者三様ではあろう。
 近松素子は、植物の形などを想起させる絵柄の刻まれた銅版の小片をちりばめて作品を作っている。なんらかの風景や、水中から見た景色といった趣である。そういった何ものかに見えることを入り口にして、微視的なものと巨視的なものが同時に表現されたような画面を求めているようである。
 長谷川睦も切り取られた銅版の面を組み合わせて刷っていく作品を試みているが、その画面は線と色面が複雑に交錯したものだ。かつての作品では版面の境が画面を構成する形の要素として明確であったが、近作では色面の重なりの中に溶解し、線の主張が強くなっているようだ。画面の色と形は予め決定されているのではなく、版を重ねていく過程で新たに加えられていくのだという。
 大舩光洋はシルクスクリーンを用いているが、画面の一部に紙を置いて刷ってから取り去ったり、一度刷ったスクリーンの面に残ったインクを刷りとる、あるいは小さなスキージで部分的にインクを落としていくといった、通常では用いられない技法を用いた作品を生み出している。
三人ともが未完成を目指しながら、一方で版画の技法を用い、そこから離れようとは考えていないことも興味深い。決定された画面を複数作り出すために考えられたのが、版画だからである。すなわち、版を用いて間接的に画像を定着させることで、人間の手の介在させることなく決まったイメージを多量に作りだせるのが版画なのである。
 だがこの三人にとっては、版を介するという間接性が、画面におけるより多様な未決定を生みだす手段ととらえられているようなのだ。版によって画面を決定するととらえるのではなく、作者自身が作ったものであるにもかかわらず、版は他者として作品の中に出現し、作者に対話を、時に対決を持ちかける。刷る回数を重ねることによって画面の要素は増えるかもしれないが、完成に向かうのではなく、この版との関係性を保つことを作家たちは「未完成」と名付けているのではないか。
 あるいは、完成されるという言葉で示唆されるのは、すべてが決定されてしまって動きがない作品の状態と言って良いだろう。未完成でありながら成立している作品、あるいは未完状態であることを以て成立する作品。それは作品がある静止状態において固定してしまうことから逃れ、常に運動するものであることを求める態度であろう。「いきづく空間」を生みだす試みにおいて、三者三様でありながら共通するものをここに見出すことができるのではないだろうか。

(おくむら やすひこ:和歌山県立近代美術館 学芸員)




□ 大舩 光洋 OFUNE Mitsuhiro



モノタイプでの制作をはじめ4年目となる。
版による複数性という部分から離れ、いくつかの版の可能性に出会うことができた。
今回は、無意識(意識の外側)を刷ろうと言う試み。全てが無意識の状態で進められる訳ではないのだが。
まだまだ、試してみることはありそうだ。


□ 略歴

1966

大阪府生まれ

1987

浪速短期大学デザイン美術科卒業
(現大阪芸術大学短期大学部デザイン美術学科)

1988

大阪芸術大学付属大阪美術専門学校研究科修了

1990

大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業

 

個展

1992

信濃橋画廊5

(大阪)

1993

コーヒーカンタータ

(大阪)

1993

番画廊

(大阪)

1995

Andersen

(奈良)

 

コーヒーカンタータ

(大阪)

1996

Andersen

(奈良)

1997

現代作家・個展シリーズ9

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

 

ギャラリークオーレ

(大阪)

1998

Andersen

(奈良)

1999

コーヒーカンタータ

(大阪)

2000

Andersen

(奈良)

 

茶屋町画廊II

(大阪)

2001

ギャラリー風蘭

(静岡)

2003

ギャラリー白

(大阪)

2005

ギャラリー風蘭

(静岡)

2006

ギャラリーnico+

(大阪)

2009

ギャラリー白

(大阪)

2010

ギャラリーすずき

(京都)


グループ展

1988

大舩光洋・横山裕展2人展

(ガレリアノイ:大阪)

1989

PRINT MAKING I

(GALLERY TAKA:京都)

1990

LONG HOT SUMMER IV

(ギャラリークオーレ:大阪)

1992

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1994

第46回京展

(京都市美術館:京都)

 

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

 

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

1995

枚方・釜山版画交流展

(枚方市民ふれあいホール:大阪)

 

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

1996

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

1997

第3回ASROPA展

(耕仁美術館:ソウル)

 

現代アートの方法−ひらかたの若き美術家たち展

(枚方市御殿山美術センター:大阪)

 

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

1998

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

 

Resonant Box

(神戸アートビレッジセンター:兵庫)

 

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

1999

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

2000

枚方の美術家−Artists In Hirakata

(市立枚方市民ギャラリー:大阪)

2002

同時代の作家達

(ギャラリー千:大阪)

2004

F・F・A現代美術展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

2005

くずはアートギャラリー開館記念企画展
枚方の美術家ミニアチュール展

(くずはアートギャラリー:大阪)

 

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

2006

いきづく空間−無色の色

(ギャラリー白3:大阪)

2007

版画DE扇子

(番画廊:大阪)

 

第1回NBCシルクスクリーン版画ビエンナーレ展

(美術家連盟画廊:東京)

 

いきづく空間−図と地

(ギャラリー白3:大阪)

2008

はんが其れ其れ

(ギャラリー松井:大阪)

 

第54回全関西美術展

(大阪市立美術館:大阪)

 

いきづく空間−モノタイプ

(ギャラリー白3:大阪)

 

第6回大野城まどかぴあ版画ビエンナーレ展

(大野城まどかぴあ多目的ホール:福岡)

 

Contemporary Art 2008 miniature No.22

(ギャラリーすずき:京都)

2009

枚方の美術家展2009

(くずはアートギャラリー:大阪)

 

いきづく空間−版を重ねる

(ギャラリー白3:大阪)

 

赤地素子さんを偲ぶ仲間たち展

(茶屋町画廊:大阪)

 

第55回全関西美術展

(大阪市立美術館:大阪)

 

Contemporary Art 2009 miniature No.23

(ギャラリーすずき:京都)

2010

いきづく空間−面と接するとき

(ギャラリー白:大阪)

 

Contemporary Art 2010 miniature No.24

(ギャラリーすずき:京都)

1日だけの展覧会 ハガキ

(信濃橋画廊:大阪)

2011

いきづく空間−未完の成

(ギャラリー白/白3:大阪)


受賞

2008

第54回全関西美術展<サクラアートサロン賞>




□ 近松 素子 CHIKAMATSU Motoko



「制約のある版画の中で、私はどこまでも自由でいたいと望んでいます。
 完全に自由を手にした時が完成で、それが終着だというのならば、
 私はずっと未完成で構わない。
 未完で成りたつことができているのなら。」


□ 略歴

1965

神戸市生まれ

1986

嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科卒業

1988

京都インターナショナル美術専門学校 絵画・版画コース卒業

 

個展

1990

ギャラリー白

(大阪)

1993

ギャラリーVIEW

(大阪)

1994

ギャラリーVIEW

(大阪)

1995

ONギャラリー

(大阪)

1997

野外展覧会・GARDEN II

(靭公園:大阪)

1998

コンポステラ

(兵庫)

 

コーヒーカンタータ

(大阪)

1999

ギャラリー白

(大阪)

2000

ギャラリーミュゼアンジュ

(兵庫)

 

ギャラリー白

(大阪)

2001

Za Gallery

(京都)

2002

ギャラリー雛

(兵庫)

グストハウス

(兵庫)

2003

MAISON D'ART

(大阪)

2004

ギャラリー白3

(大阪)

2005

石田大成社ホールICB

(京都)

 

ギャラリーびー玉

(大阪)

2006

大丸京都店アートスポット

(京都)

2007

ギャラリー白

(大阪)

2008

Oギャラリー

(東京)

 

大丸京都店アートスポット

(京都)

2009

ギャラリー白3

(大阪)

2010

Oギャラリー

(東京)

2011

OLD BOOK & Gallery SHIRASA

(兵庫)


グループ展

1987

3人展

(梁画廊:京都)

1993~以後毎年

アトリエ凹凸展

(グランドギャラリー:大阪 /西宮市民ギャラリー:兵庫 他)

1993

Box Makers Show

(ギャラリーVIEW:大阪)

 

アートカレンダー展

(ギャラリーVIEW:大阪)

1994

銅版画&陶芸 2人展

(ギャラリー翔:兵庫)

 

NEW FACE

(ギャラリーVIEW:大阪)

 

アートカレンダー展

(ギャラリーVIEW:大阪)

1996

野外展覧会・GARDEN

(大阪城公園:大阪)

ドローイング&銅版画 2人展

(游家屋:大阪)

ペインティング・銅版画・陶器 3人展

(ギルドギャラリー:大阪)

1999

Artist Book Show

(グストハウス:神戸/KALA Institute:アメリカ)

 

第17回伊丹大賞展

(伊丹市立美術ギャラリー:兵庫)

2000

第50回西宮市展

 

2001

4つの銅版画

(ギャラリー白:大阪)

2002

和み展

(Za Gallery:京都)

 

銅版画6人展

(ギャラリー雛:兵庫)

2003

chika*chica exhibition 陶と銅版画の2人展

(B-PLACE Sumiyoshikan Gallery:兵庫)

 

小さな版画展

(ギャラリーびー玉:大阪)

 

たぐいまれなるもの

(Gallery Den:大阪)

2004

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

 

小さな版画展

(ギャラリーびー玉:大阪)

 

西宮美術協会・新鋭展

(西宮美術協会:兵庫)

2005

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

 

藝術家の線

(石田大成社:京都)

2006

いきづく空間−無色の色

(ギャラリー白3:大阪)

 

小さな版画展

(ギャラリーびー玉:大阪)

2007

いきづく空間−図と地

(ギャラリー白3:大阪)

あおもり国際版画トリエンナーレ

(国際芸術センター青森:青森)

2008

日仏交流版画展

(Cite Internationale des Arts:フランス)

いきづく空間−モノタイプ

(ギャラリー白3:大阪)

2009

いきづく空間−版を重ねる

(ギャラリー白3:大阪)

2010

いきづく空間−面と接するとき

(ギャラリー白:大阪)

第55回CWAJ現代版画展

(東京/兵庫)

たったひとつのMONO展

(Yアートギャラリー:大阪)

2011

いきづく空間−未完の成

(ギャラリー白/白3:大阪)


受賞

2000

第50回西宮市展<優秀賞>

2007

あおもり国際版画トリエンナーレ 審査員奨励賞


その他

2010

アフィニス・サウンド・レポートNo.38(財団法人アフィニス文化財団)装画




□ 長谷川 睦 HASEGAWA Mutsumi



「最近、"完成"をめざすことがなくなっているような気がします。
 それよりも、つくる過程が存在するので、毎日"試し"です。
 そんなやり方で良いのかは大問題!!です。」


□ 略歴

1961

大阪府生まれ

1987

京都市立芸術大学大学院版画専攻修了

 

個展

1986

ギャラリーマロニエ

(京都)

1988

ギャラリー白

(大阪)

1990

ギャラリー白

(大阪)

1991

ギャラリー白

(大阪)

1993

ギャラリー白

(大阪)

1995

ギャラリー白

(大阪)

1996

ギャラリー白

(大阪)

 

GALLERY YOU

(京都)

1998

ギャラリー白

(大阪)

2000

ギャラリー白

(大阪)

2001

ギャラリー白

(大阪)

2003

Oギャラリーeyes

(大阪)

石田大成社ホール

(京都)

2004

ギャラリー白

(大阪)

2006

ギャラリー白

(大阪)

2007

ギャラリー白

(大阪)

2009

ギャラリー白3

(大阪)

2010

ギャラリー白3

(大阪)


グループ展

1984

京都美術展

(京都府ギャラリー:京都)

京展

(京都市美術館:京都)

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1985

京展

(京都市美術館:京都)

全国大学版画展

(丸ノ内画廊:東京)

1986

京展

(京都市美術館:京都)

 

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

全国大学版画展

(丸ノ内画廊:東京)

1988

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1990

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1992

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

 

Perspectives from Japan−Nine Printmakers

(エクステンションギャラリー:カナダ)

1994

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1995

京阪沿線より発信−現代美術10人展

(京阪ギャラリー・オブ・アーツ・アンド・サイエンス:大阪)

1996

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1997

京阪沿線より発信−現代美術10人展

(京阪ギャラリー・オブ・アーツ・アンド・サイエンス:大阪)

1998

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

Hanga−New Directions in Japanese Printmaking

(グラフィック・スタジオ・ギャラリー:アイルランド)

1999

現代版画コンクール展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

2001

4つの銅版画

(ギャラリー白:大阪)

2002

Hanga−New Directions in Japanese Printmaking

(グラフィック・スタジオ・ギャラリー:アイルランド)

2004

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

2005

いきづく空間

(ギャラリー白3:大阪)

2006

いきづく空間−無色の色

(ギャラリー白3:大阪)

2007

いきづく空間−図と地

(ギャラリー白3:大阪)

2008

いきづく空間−モノタイプ

(ギャラリー白3:大阪)

2009

枚方の美術家展2009

(くずはアートギャラリー:大阪)

いきづく空間−版を重ねる

(ギャラリー白3:大阪)

2010

いきづく空間−面と接するとき

(ギャラリー白:大阪)

2011

いきづく空間−未完の成

(ギャラリー白/白3:大阪)


受賞

1986

全国大学版画展 買上賞


パブリックコレクション

 

大阪府立現代美術センター

 

華頂短期大学


その他

CDジャケット「ロマンティック・ドビュッシー/青柳いずみこ」