小川 佳夫 展 OGAWA Yoshio
<テキスト・尾崎信一郎>


2017.7.3-7.8
ギャラリー白



小川佳夫の新作

尾崎信一郎


 小川佳夫の新作を言葉に置き換えることは難しい。ほぼ一様に塗られた色面の上にペインティングナイフで引かれたストロークの痕跡。すべての絵画がこのような構造として成り立ち、それ以上でも以下でもない。絵画の構成要素としては最小限といってよいが、色彩の階調とストロークのゆらめきは作品それぞれに異なった表情を与えている。
 小川はなんらかのかたちを実現するために絵画を描くのではない。それでは絵画に何が期されているのか。私たちはこれらの絵画が二つの段階を経て描かれていることを容易に理解することができる。背景を塗り込み、ナイフでストロークを刻む。二つの作業が厳密にこの順で遂行される点に注目しなければならない。90年代の作品においてはオールオーヴァーな色面をかたちづくる行為が空間における筆触の反復としてなされていたのに対し、これらの絵画はむしろ一つの時間的な切断を画面に画す。丹念に準備される色面に対して刹那に介入するストローク。画家の行為を介して、一度きりの事件が絵画という形式を通して生起し、絵画ではなく事件、空間ではなく瞬間が表現される。絵画における時間性を主題とした画家としてはバーネット・ニューマンが連想されよう。「空間への関わりは私を退屈にさせる。私は時間における諸感覚にまつわる私の経験を求める。時間の意味ではなく、時間の身体的な感覚を。」巨大な色面にジップと呼ばれる細い縦縞が刻まれたニューマンの絵画は色面の強調と構成要素の単純さにおいて小川の作品と共通し、ニューマンが1948年の《ワンメントⅠ》という作品によって一挙にスタイルを革新したというエピソードは、2003年の《ジャイスモン2》を前にした小川の啓示的な体験に呼応している。奇しくも「ジャイスモン」というタイトルはフランス語で噴出を意味し、偶然的、不可逆的な小川の絵画の本質を暗示しているかのようだ。
 以前より私は、多く暗い画面に対してゆらめく影のごとく、したたる流れのごとくイメージが出現する小川の絵画を一つの暗喩ではないかと感じていた。すなわち聖書に記された天地開闢のエピソード、「光あれ」という神の言葉だ。小川がクリスチャンであることとかかる連想との関係について今は措く。「光あれ」という命令こそ世界をそれ以前とそれ以後に画す事件であり、神によってなされた最初の創造であった。ニューマンもまたジップ絵画に移行する直前に、闇と光の分離を主題とした「命令」という作品を制作している。しかしジップが画面を截然と分かつニューマンに対して、小川の絵画はあまりにもなまめかしく官能的に感じられよう。そこでは絵画という一度きりの事件をとおして作家が「記憶の底の光景」と呼ぶ、自身の感覚や意志と密接に結びついたイメージが浮かび上がる。ニューマンは絵画を記憶や連想から切り離し、ただ「場の感覚」を与えるべく観者に向けて差し出した。これに対して小川は絵画すなわち事件をとおして作家という主体の再構成を試みる。これらのイメージを一種の自画像ととらえることは強引だろうか。形式上の類似とは逆に、ここではニューマンに一つの絶頂をみたアメリカの抽象芸術とは全く異なった抽象表現の可能性が探求されている。果たしてこのような探求は、小川が12年にわたってパリで制作を続けた経験に由来しているのであろうか。


(おさき・しんいちろう 鳥取県立博物館副館長)

Recent Paintings by Yoshio Ogawa
Shinichiro Osaki (Chief Curator, Tottori Prefectural Museum)



□ 略歴

1962

静岡県藤枝市生まれ

1990

東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻終了

1995

アーティストビザを取得し、2007年までフランスに在住

 

個展

1989

長谷川現代美術館

(静岡)

1990

ギャラリー Q

(東京)

1991

ギャラリー白

(大阪)

1992

永井祥子ギャラリー

(東京)

2000

アソシアシオン・シューベルティアード

(パリ、フランス)

2001

ステュディオ・マレショウ

(パリ、フランス)

2005

エスパス・キュルトゥレル・ベルタンポワレ

(パリ、フランス)

ギャルリ・アンドレ・マセ

(パリ、フランス)

ギャルリ・デュ・テアトル

(カシャン、フランス)

ステュディオ・マレショウ

(パリ、フランス)

2006

アート カゲヤマ画廊

(静岡)

2007

サンピエール・ド・モンルージュ

(パリ、フランス)

2007

ノートルダム・ド・パントコット

(ラ・デファンス、フランス)

2008

ギャルリ・ピエリック・トゥシュフー

(ソー、フランス)

表参道画廊

(東京)

ギャラリーf分の1

(東京)

2009

GALLERY TERASHITA

(東京)

2010

GALLERY TERASHITA

(東京)

ギャラリーf分の1

(東京)

2013

ギャラリーf分の1

(東京)

Musée F

(東京)

2014

表参道画廊+Musée F

(東京)

2015

表参道画廊+Musée F

(東京)

2016

ギャラリーf分の1

(東京)

un petit GARAGE

(東京)

2017

ギャラリー白

(大阪)


グループ展

1986

水につかった白い梯子 岩井成昭・佐藤友則・小川佳夫

 

(東京藝術大学学生会館:東京)

1987

絵画の根拠

(ギャラリー白:大阪)

1988

絵画の根拠2

(ギャラリー白:大阪)

1988

Envision ’89

(ハイネケン・ビレッジ・ギャラリー:東京)

1990

絵画論的絵画−表面の再生−

(ギャラリー白:大阪)

1991

TRANCE-SURFACE 表面の再発見

(ギャラリー古川:東京)

A-Value

(静岡県立美術館:静岡)

1992

A-Value

(静岡県立美術館:静岡)

1993

A-Value

(静岡県立美術館:静岡)

表層の冒険 小川佳夫・館勝生

(モリス画廊:東京)

1994

VOCA展 ’94

(上野の森美術館:東京)

1998

ジュンヌパントュール

(エスパス・エッフェル・ブランリー:パリ,フランス)

2004

美術における赤の哲学

(ベルルグァード文化センター・ガンディア:スペイン)

カシャン・ビエンナーレ

(ギャルリ・パスカル・ヴァンネック・カシャン:スペイン/ 
ギャルリ・ド・モンパルナス・パリ:スペイン)

2005

サロン・ド・モンルージュ

(モンルージュ:フランス)

2006

グランプリ・ド・パントゥール・ド・サン・グレゴワール

(サン・グレゴワール:フランス)

2007

サロン・ド・モンルージュ

(モンルージュ:フランス)

パリへ Vers Paris 洋画家たち百年の夢

(東京藝術大学美術館:東京/新潟県立近代美術館:新潟/ 
MOA美術館:静岡)

2008

シシュポス ナウ – 罪と罰のでんぐり返し展

(原爆の図丸木美術館:埼玉)

1st Small Forma

(GALLERY TERASHITA :東京)

2009

Black & White

(GALLERY TERASHITA :東京)

表参道画廊10周年記念展

(参道画廊+Musée F :東京)

2010

サル・ド・レクレアシオン 再創造の部屋

(表参道画廊 :東京)

2011

静岡アートドキュメント

(舞台芸術公園:静岡)

FACE THE FAREAST

(人形町Vision's :東京)

鷹見明彦追悼展

(参道画廊+Musée F :東京)

2013

鷹見明彦追悼展

(参道画廊+Musée F :東京)

東京藝術大学油画教員展サマーショー

(日本橋高島屋 :東京)

2016

Tokyo 1.0

(Gallery Biesenbach:ケルン,ドイツ)

Boy's drawing 小川佳夫・岸本吉弘・中島一平・東島毅

 

(ギャラリー白:大阪)

2017

ChangesFiveX

(Gallery Biesenbach:ケルン,ドイツ)


パブリックコレクション

 

愛知県美術館
長谷川現代美術館
正田醤油株式会社