□ 展覧会テキスト−中井康之(国立国際美術館主任研究官)
「五月のある晴れた日に」
人はいつまで無垢な精神で自然と戯れることができるのだろうか…。こ
のような無邪気な命題が頭を過ったのは、煌めく光で満ちあふれる、あ
る晴れ渡った真昼間に、青空の下で身体を晒しながら精神を解放させて
いる時ではあったが、しかし私はこのような人間としての原初的な感覚
を、いわゆる造形的な作品に対峙した時にも何度か抱いたことがある。
ここ数年、焼き物によって巨大な造形物を制作している小松ではあるが
十年ほど前までは、土と格闘したその痕跡をそのまま作品としたような
制作を行っていた。名古屋のある画廊を覆い尽くすように展示されたそ
の作品は、セラミック・アートとかインスタレーションとか空々しい用
語が吹き飛ぶような、小松の土に対する純粋な精神性が形となった輝き
として、今も私のこころの中に深く刻まれている。作家というものはこ
のように無垢な態度を形にすることができるものなのだと…。
それ以来、小松の仕事を注視し続けている。巨大な焼き物を無心につく
り続けているその姿は、何か最終的な到達点があるというより、一個の
造形的な作品然としたものの中に、制作することの精神性を注ぎ込もう
としているように映るのである。
そして、でき得るならば観る者に、小松が感じているであろう制作の喜
びを共感させるような何ものかを感じさせる作品であることを望んでい
る。 |