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辰野 登恵子 展 <テキスト:尾野 正晴>TATSUNO Toeko
2016.9.26-10.1ギャラリー白3
辰野さんを偲んで
辰野登恵子さんが他界したのは一昨年の9月である。画廊でも美術館でも没後にささやかな展覧会が開催されたが、この展覧会もそうしたささやかな追悼展のひとつということになる。今後、本格的な回顧展がいつかどこかで開催されるだろう。辰野さんとはいくつかの思い出があるが、最も忘れ難いのは、1984年に富山県立近代美術館で開催された「第2回富山国際現代美術展」の帰りの車中で絵画について語り尽くしたことだろうか。長いあいだ絵画の何について話したのか今となっては全く覚えていないが、語り合うべきものが双方とも少なからず存在していたのだろう。 辰野さんの画業についてはすでにいくつかの論考があるが、通読して分かるのは「絵画的な絵画」について語るのは容易ではないということだ。イメージが見定められないような絵画の場合、語りは(と同時に、制作もまた)一層困難になる。困難のさらなる証しになるかもしれないが、ここでは辰野さん自身の言葉や彼女が敬愛した画家の作品を通して「絵画的な絵画」に触れてみたいと思う。まずはアンリ・マティスである。かつて私がマティスの画集を編纂したときにエッセイを寄稿してもらったことがあるが、そこで彼女はこう述べている。「この時代(1912年から1916年まで)のマティスの作品に共通する点は、・・・第二に、線的要素と面的要素を等価値に置いていることである。第三には、マチエールに重みがあるということだ」。前者(第二の点)は、「画面のすべての部分は同等の価値を持たなければならない」というマティスの信条にも叶うし、キュビズムを意識した時期のマティスの評価にもつながるが、面の機能を重視すれば次のような発言がもたらされる。「マチスには三種の面があったような気がしますね。つまり、比較的薄めていない顔料を塗って、ほんの少し高くされた面、顔料をひじょうに薄めてこすったか、あるいは顔料をごく薄く塗った面、それからカンヴァス自体の面です。この三つの面を組み合わせると、制作を行なう空間はぐんと深みをまし、広くなりました」(フランク・ステラ)。 「マチスの面はいつも柔軟で、層になっていた」というステラの指摘をマティスの言葉で言い換えると、「私の絵には次元がない、視点の要請によってあらゆる次元が自在に生じるのが自分の作品である」となるだろうか。マティスは「中心場面としての室内を希薄化/装飾化し、そこに絵画、彫刻、鏡、窓の外の光景などの複数の異なるレヴェルの表象を配置した」が、そのために「決して両立しえない異なる次元の表象が等価な<現実性>を与えられ、分裂したまま競合しあうという事態が引き起こされた」(岡崎乾二郎)のである。面を重ね合わせることで空間を多次元にするという難題に取り組むために、マティスは先駆的な役割を果たしたが、彼女もまた、作品のコンセプトを際立たせるための色彩と既視感のあるかたちを選択することで「新たな次元の獲得」を試みていたといえるかもしれない。そして、それはマティスの師であるポール・セザンヌの教え─(テーブルクロスや壁紙を多機能的に使用することで)ひとつの空間の中にいくつかの平面の層を組み立てるという教え─にも通じている。 一方、後者(第三の点)に関しては、辰野さんが敬愛するアメリカのカラー・フィールド(色面派)の画家クリフォード・スティルに登場してもらう必要がある。スティルはポロックやデ・クーニング、ロスコやニューマンと異なり(もっとも、モネの睡蓮の連作に関心を持つなどの共通点もあるが)、どちらかといえば玄人受けのする渋い画家といえる。彼女の発言はこうだ。「その空間性において隙の無い独特な、神経を張り詰めるような描き方は抜群です。色に関してもマーク・ロスコのような官能的な使い方はしないが、かたちと色彩の対比が見事です」。スティルの作品が際立っているのは、「ポロックと同様、絵画的なイメージのために触覚的な性質やマテリアルの手触りを抑圧しなかった」(ケネス・ノーランド)からだが、「重いマチエール」はイメージの生成に少なからぬ影響を及ぼすことになった。「私は現実のもの自体を見ているわけではないのです。現実のもの自体は、私の中の潜在的でかたちにならない意識下のイメージを触発して消えていくものなのです」という発言や、「これまでいくつかのある種のタイプのかたちに執着してきました。それらは、心象的なイメージでありながら、具体的なもののように私には現実的です」という発言から分かるように、彼女が求めていたのは、現実的なイメージではなく、「イメージの現実性とでもいうべきもの(再現的なものを放棄しながら、なおもイメージとしか呼べないようなもの)」であったと思われるが、それをもたらしたのはマチエール(テクスチュア)の厳格さであった。「重い表面」が西部の広大な自然の痕跡と拮抗しているスティルの教えが生かされたといえるだろうか。 かつてイメージは実物に対して二次的であり派生的であるようなものだったが、19世紀のある時点で(たとえば、ボードレール)対象との関係から解放されて、それ自体として肯定されることになったといわれている。それにしても、定義不可能であることこそが優れたイメージの定義であるとすれば、イメージとは厄介なものだ。(凡百の具象絵画が示すとおり)依存し過ぎると陳腐になり、(抽象の極北と呼ばれる絵画が示すとおり)捨て去ると展開しづらくなる。何かを生み出すためには何かが必要であるにしても、具体的なかたちにこだわらずに本質をつかむことは可能なのか。選択肢はひとつではないだろうが、いずれにせよ、今を生きる真正な画家が選ぶ道筋は隘路でしかないように思われる。 辰野さんとの思い出は尽きることがない。遠い将来ではない日に私も旅立つだろうが、そのとき辰野さんと再会して車中の会話を続けるのを楽しみにしている。
尾野 正晴(静岡文化芸術大学名誉教授)
□ 略歴
1950
長野県生まれ
1972
東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業
1974
東京藝術大学大学院美術研究科絵画専門課程油画専攻修了
2014
9月29日死去
個展
1973
村松画廊
(東京)
1975
1978
ギャラリーたかぎ
(愛知)
1981
ギャラリー白
(大阪)
ギャラリー玉屋
1982
康画廊
1983
1985
1986
1987
ファビアン・カールソン・ギャラリー
(イギリス)
アート・ナウ・ギャラリー
(スウェーデン)
1989
佐谷画廊
ギャラリー米津
1990
後藤美術館
1991
1992
1993
1995
東京国立近代美術館
1996
ギャラリームカイ
1997
1998
コオジオグラギャラリー
2001
西村画廊
2005
シュウゴウアーツ
2007
ジーンアートセンター
(韓国)
Mizuho Oshiro ギャラリー
(鹿児島)
2010
BLD GALLERY
2012
大原美術館
(岡山)
2015
ギャラリー・アートアンリミテッド
2016
BBプラザ美術館
(兵庫)
グループ展
第7回ジャパン・アート・フェスティバル
(東京セントラル美術館:東京)
アート・ナウ'78
(兵庫県立近代美術館:兵庫)
1979
第11回東京国際版画ビエンナーレ展
(東京国立近代美術館:東京)
1980
Art Today'80 絵画の問題展
(西武美術館:東京)
1980 日本の版画
(栃木県立美術館:栃木)
日本現代美術展〈70年代美術の動向〉
(韓国文化芸術振興院:韓国)
現代・紙の造形〈日本と韓国〉
(国立現代美術館:韓国)
現代美術の新世代展
(三重県立美術館:三重)
1984
第4回ハラ アニュアル
(原美術館:東京)
現代絵画の20年
(群馬県立近代美術館:群馬)
第2回富山国際現代美術展
(富山県立近代美術館:富山)
現代美術への視点〈メタファーとシンボル〉
(東京国立近代美術館:東京/国立国際美術館:大阪)
水彩による表現 PART III
(鎌倉画廊:東京)
第2回アジア美術展
(福岡市美術館:福岡)
85涸沼・土の光景
(涸沼宮前荘敷地:茨城)
第18回現代日本美術展〈現代絵画の展望・平面と空間〉
(東京都美術館:東京)
絵画 1977-1987
(国立国際美術館:大阪)
1988
現代日本美術の動勢〈絵画 PART2〉
ユーロパリア1989ジャパン
(ゲント現代美術館:ベルギー)
ドローイングの現在
第25回今日の作家展〈かめ座のしるし〉
(横浜市民ギャラリー:神奈川)
絵画─1950年以後
(ギャラリー米津:東京)
日本秀作美術展
(高島屋:東京)
ジャパン・アート・トゥディ
(ストックホルム文化センター:スウェーデン 他)
ミニマル・アート展
第8回大阪現代アートフェア'90
(大阪府立現代美術センター:大阪)
昭和の絵画 第3部 戦後美術〈その再生と展開〉
(宮城県美術館:宮城)
今日の造形7 現代美術〈日本の心展〉
(岐阜県美術館:岐阜)
線の表現〈眼と手のゆくえ〉
(埼玉県立近代美術館:埼玉)
70年代日本の前衛
(ボローニャ市立美術館:イタリア/世田谷美術館:東京)
1994
戦後日本の前衛美術
(横浜美術館:神奈川/グッゲンハイム美術館ソーホー:アメリカ/サンフランシスコ 近代美術館:アメリカ)
アジアの創造力
(広島市現代美術館:広島)
第22回サンパウロ・ビエンナーレ
(ブラジル)
第3回北九州ビエンナーレ〈クイントエッセンス〉
(北九州市立美術館:福岡)
立ちあがる境界
(辰野町郷土美術館:長野)
日本の現代美術 1985-1995
(東京都現代美術館:東京)
水戸アニュアル'95 〈絵画考-器と物差し〉
(水戸芸術館現代美術ギャラリー:茨城)
戦後文化の軌跡 1945-1995
(目黒区美術館:東京 他)
視ることのアレゴリー〈1995:絵画・彫刻の現在〉
(セゾン美術館:東京)
ふたつのメディア〈柴田敏雄 辰野登恵子〉
日本の現代美術 50人展〈21世紀への予感〉
(ナビオ美術館:大阪)
アート・コレクション展
(東京国際フォーラム:東京)
国立国際美術館の20年
変貌する世界〈日本の現代絵画 1945年以後〉
(高岡市美術館:富山 他)
アート/生態系〈美術表現の自然と制作〉
(宇都宮美術館:栃木)
1999
空間をみつめる眼展〈絵画+空間の楽しみ〉
(新潟市美術館:新潟)
明晰さに向かって
(セゾンアートプログラム・ギャラリー:東京)
2000
Untitled〈原美術館コレクション展〉
日本美術の20世紀 美術が語るこの100年
椿会展 2001
(資生堂ギャラリー:東京)
セプテンバー 2001
(西村画廊:東京)
時の旅人たち〈1980年以降の美術〉
(愛知県美術館:愛知)
2002
椿会展 2002
セプテンバー 2002
未完の世紀 20世紀美術がのこすもの
洋画のいろいろ〈収蔵作品大公開展〉
(練馬区立美術館:東京)
韓日現代絵画展
(珍画廊:ソウル)
モダニズムの至福のとき〈いわき市立美術館名品展〉
コレクションのあゆみ展
2003
椿会展 2003
特集展示:絵画の力〈 80年代以降の日本の絵画〉
第5次椿会作品展
(資生堂アートハウス:東京)
ペインティングス
(シュウゴアーツ:東京)
開館記念展T絵画の現在
(新潟県立万代島美術館:新潟)
あるサラリーマン・コレクションの軌跡〈戦後日本美術の場所〉
(三鷹市美術ギャラリー:東京 他)
2004
椿会展 2004
痕跡 戦後美術における身体と思考
(京都国立近代美術館・京都/東京国立近代美術館:東京)
版の記憶/現在/未来
(東京芸術大学大学美術館陳列館:東京)
境界をこえて〈 20世紀の美術
椿会展 2005
20世紀絵画の魅力〈空間を見つめるまなざし 新潟市美術館所蔵名品展〉
(豊橋市美術博物館:愛知)
アートフェア東京
絵画の力─今日の絵画展〈近年の新収蔵品を中心として〉
(いわき市立美術館:福島)
絵画の湯展〈Colorful温泉〉
(三鷹市美術ギャラリー:東京)
西から東から
タイ・シルバコーン大学・多摩美術大学交流展
(シルバコーン大学:タイ/多摩美術大学美術館:東京)
2006
ねりまの美術2007 油彩画と版画
インチョン国際女性美術家ビエンナーレ
(仁川文化アートセンター:韓国)
日本現代芸術祭〈ヘイリ・アジアプロジェクト2〉
(ヘイリ芸術村:韓国)
珍画廊35周年展
(珍画廊 /ジーンアートセンター :韓国)
2008
所蔵作品展「近代日本の美術」
2009
女性アーティストと、その時代 資生堂ギャラリー90周年記念展
WATERCOLOR, DRAWING, PRINTS Lee Ufan ,Tatsuno Toeko
(珍画廊 /ジーンアートセンター:韓国)
「Beyond the Border」 日中当代芸術交流展
(Tangram Art Center 7angrm:中国)
陰影礼讃-国立美術館コレクションによる
(新国立美術館:東京)
2011
第5回展覧会企画公募 「Girlfriends Forever!」
(ワンダーサイト本郷:東京)
与えられた形象 辰野登恵子 柴田敏雄
2013
プレイバック・アーティスト・トーク展
オオハラ・コンテンポラリー・アット・ムサビ
(武蔵野美術大学美術館:東京)
受賞
第46回芸術選奨文部大臣新人賞
第54回毎日芸術賞
パブリックコレクション
東京国立近代美術館/国立国際美術館/いわき市立美術館/ 栃木県立美術館/宇都宮美術館/埼玉県立近代美術館/ 千葉市美術館/東京都現代美術館/練馬区立美術館/ 三鷹市美術ギャラリー/横浜美術館/新潟市美術館/ 富山県立近代美術館/黒部市美術館/愛知県美術館/ 名古屋市美術館/和歌山県立近代美術館/高松市美術館/ 高知県立美術館/福岡市美術館/北九州市立美術館/ 東京オペラシティアートギャラリー/原美術館/ セゾン現代美術館/資生堂アートハウス/平野美術館/ 外務省/東京国際フォーラム/足立区役所/福岡シティバンク/ フレデリック・ R. ワイズマン美術財団/大林美術館/ ソウル市立美術館