Ceramic Site2018 <テキスト:マルテル坂本牧子>
清水 六兵衞・小海 滝久・ 堤 展子・西村 充・堀野 利久


2018.6.25-7.7 (7.1close) ギャラリー白3



陶芸の未来、新しい言葉

マルテル 坂本 牧子


 私がCeramic Siteに初めて寄稿させていただいたのは2008年であった。タイトルは、「ニュー・セラミックスの可能性:A New Spirit in Ceramics」。お気づきのように、これは、1981年にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された「絵画における新しい精神(A New Spirit in Painting)」という展覧会名からの引用である。この展覧会は、1970年代後半から顕著となるポストモダンの流れを受け、ミニマリズムやコンセプチュアルアートなどへの反動から、具象性の強い「ニュー・ペインティング(New Painting)」がアートシーンを席捲する中、作品の形式よりもその内容を重視することにより、抽象的な絵画も包括する幅広い絵画の動向を捉えようとする契機となったものだ。同時期、彫刻においても、「彫刻の復権」を意識した「ニュー・スカルプチャー(New Sculpture)」という動向が生まれ、多種多様な素材を用いるようになった「彫刻」と、用途を捨て、純粋造形を志向する「工芸」とが急速に接近し、その境界線が非常に曖昧となっていた。では、絵画や彫刻の自律性が再び問われていたこの頃、「ニュー・セラミックス(New Ceramics)」と呼べるような新しい動きが、はたして陶芸には見られたのだろうか。そんなことをヒントに、陶芸を取り巻く現況についての考察を試みたものだった。
 今、現在も、陶(焼成した土、Ceramics)を素材とする現代的な造形表現というものが確かに存在していて、その萌芽は、戦後直後の京都の作家たちの動きに認めるとしても、実際に、同時代の美術の影響を強く受けて、造形的にもコンセプト的にも著しく飛躍を遂げたといえるのは、やはり1980年代に入って大きくクローズ・アップされるようになった「クレイワーク(Clay work)」と呼ばれる新しい動きにおいてであり、ここで殆ど初めて、いわゆる陶芸の文脈ではなく、同時代のアートシーンの中で「陶芸」を捉える(あるいは捉え直す)ための「新しい言葉」が必要とされたのではないかと思われる。クレイワークの語源は、1962年にサンフランシスコ・アート・インスティテュートで開催された「Work in Clay by Six Artists」という展覧会名ではないかと言われているが、日本では、1970年代後半頃から1990年代前半頃まで、少しずつその概念を更新しつつ、従来の陶芸の文脈では括り切れない、幅広い造形表現を包括するために使われていた。そこには、陶を素材とする純粋な立体造形はもちろんのこと、生土を用いて焼成しない「アンファイア(Unfire)」や、焼成というプロセスを抽出し、土を使わない「ファイアリング(Firing)」などのコンセプチュアルな作品まで含まれているが、一方で、いわゆる器物の概念は含まれていない。つまり、土や陶を表現手段として用いたからといって、すべてがクレイワークというわけではなかった。
 1990年代後半頃から、クレイワークに代わって「現代陶芸」という言葉が頻繁に登場するようになるが、ここには、実用陶器から伝統工芸、立体造形に至るまで、かなり幅広い表現形式のやきものが包括されている。狭義で陶による立体造形のみを指す場合もあるが、基本的には、現代において生み出される陶を用いた作品のすべてが対象となり、そこには茶陶や民藝なども含まれていく。その結果、従来の陶芸の範疇に収まり切らないような造形も含めて、すべて陶芸の範疇で捉えようという方向に転じていったのである。この傾向とパラレルするように、クレイワークという言葉が、2003年に国立国際美術館が企画した「大地の芸術−クレイワーク新世紀」という展覧会を最後に、殆ど見られなくなってしまったことが、そのことを示唆している。
 クレイワークが、やきものの自律性を見失い、いわゆる「現代美術」の表現形式に回収されてしまったとの批判的な見方もあるが、私はそうは思わない。事実、クレイワークを牽引した作家たちの多くは、現在も陶を用いて制作を続けており、彼らが拓いた新しい陶芸表現の可能性は決して後退していない。むしろ、同時代の美術としっかりと帯同していたからこそ、その動向に極めて敏感であったと考える方が自然である。その後の美術の動きは、その背景となる社会情勢を反映して、目まぐるしく変化している。グローバル化の進む1990年代に台頭してきた「多文化主義(Multiculturalism)」や、2000年に美術家の村上隆氏が提唱した「スーパーフラット(Superflat)」、2004年にキュレーターの長谷川祐子氏が企画した金沢21世紀美術館開館記念展「21世紀の出会い−共鳴、ここ・から」で提起された「ポリフォニー(Polyphony)」などの動きを経て、既存のジャンルに収まらず、他の領域と積極的に交わる「クロスジャンル(Cross-genre)」も今ではすっかり珍しくなくなった。素材や技法を限定したからといって、表現の自由が制限されるわけではないのだ。
 時間が遡るが、戦後の「前衛陶芸」を評して、「オブジェ(Objet)」という言葉が使われたことも、その後の陶芸表現の動きを混沌とさせた。オブジェは本来、客体や対象などを意味するフランス語だが、20世紀美術の重要な動向である「ダダイスム」と「シュールレアリスム」において、特殊な意味を持つようになった。ここでいうオブジェとは、既に存在しているものを、そのものが属する文脈から切り離し、新たな文脈を想起させることを目的として、そのものに手を加えず、ものとしてそのまま提示するという表現手法、あるいはそのように提示された作品に対しての呼称であった。しかし、前衛陶芸でいうオブジェとは、単に立体造形作品のことをいい、美術用語としてのオブジェの概念とは全く無関係である。ダダイスムは1910年代、シュールレアリスムは1920年代にそれぞれ始まった美術運動だが、日本では、これらを含む20世紀初頭から前半にかけての欧米の美術の動向が、戦後直後、同時代の美術の動向とともに纏めて一気に押し寄せ、ピカソもキュビスムも、ダダもシュールも、抽象も抽象表現主義も、そのすべてが「前衛」と捉えられた。ここでは、陶芸における前衛的な動きとして、実用を伴わない純粋立体造形が取り上げられ、「前衛=オブジェ」と総括されてしまったのである。陶芸におけるオブジェの概念は、その後、もっと複雑化していくのであるが、それも曖昧なまま、今日では、素材を選ばず、単なる立体造形を総称する言葉となってしまっている。
 現代陶芸は、これからも、陶によって制作されたあらゆる傾向の作品を含んでいくと思われる。しかし、これからの21世紀の陶芸には、どのような分野におかれても、現代の造形としての存在感やリアリティーをいかに示すことができるかが、改めて求められていくだろう。日本の陶芸は、世界でも類のない素晴らしいポテンシャルを持ち、優れた作家たちが大勢いる。そのことを日本独自のものとして誇りに思うことはとても大事なことだが、日本人にしか理解できないような言葉で説明しているうちは、世界レベルにまで引き上げることは難しい。まずは、陶芸作品を色々な場面に引き出し、もっと多角的な視点からの批評に晒される機会を増やすべきである。それは今後、我々が陶芸をどのように見せていくのかにもかかっている。特定の素材や技法を用いることの必然性は、絶対的に作者自身が決めることだ。我々は、そこに表現されている内容にこそ、作者の示す創造の世界を見ていきたい。2020年もあと2年後に迫ってきた。現代陶芸の歴史もまた、新しいページが開かれていくことだろう。そこにはまた、新しい言葉が必要になってくるはずだ。未来を拓く鍵はここにある。


Makiko Sakamoto-Martel(兵庫陶芸美術館学芸員)




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