柴田 知佳子 展  <テキスト:尾崎信一郎>
SHIBATA Chikako


2017.10.16-10.28
ギャラリー白 kuro



柴田知佳子の新作

尾崎信一郎


 柴田知佳子が昨年制作した《Silent Rock》を私は二つの場所で見た。最初は宝塚の廃墟となった旅館の浴室、二度目は梅田のオフィスビルの広い吹き抜け空間においてである。全く異なった環境で接しながらも、いずれの場においても作品が強い存在感を示していたことに私は感銘を受けた。この経験は彼女の作品の本質と深く関わっているだろう。モダニズム絵画の所在すべき場所として美術館のホワイトキューブが顕揚されて久しい。ホワイトキューブとは中性的な空間であり、場所性の否定である。それゆえ私たちはピカソやポロックの絵画をパリで、ニューヨークで、東京で等しく目にすることができる。しかし設置された場所と切り離して絵画を経験することは果たして可能であろうか。柴田はこの点に意識的である。彼女は次のように記している。「場の記憶や佇まいの体験に関心があります」「絵画の存在を空間をとおして感じていただければ嬉しく思います」彼女が《Silent Rock》を二つの場所で発表したことは、この作品がいずれの場においても場の記憶を刺激し、設置された空間を介して享受されることを暗示している。
 場の記憶という言葉から連想されるのはバーネット・ニューマンであろう。ニューマンによれば絵画は「場の感覚」を与えなければならない。知られているとおり、ミニマル・アートの作家たちはこの言葉を字義どおり、現象学的に理解したが、柴田はむしろ場所に寄り添い、作品と場の調和を目指している。これまで柴田は美術館やギャラリーの無表情な空間ではなく、あえて癖のある空間に作品を設置してきた。今回会場となる空間もホワイトキューブならぬブラックボックス、壁面が黒く塗り込まれた閉じられた空間である。ギャラリーの空間を初めて見た瞬間、そこに自分の作品を展示したいという欲求を覚えたという画家の言葉は絵画の成り立ちと結びついている。そして逆説的であるが、場の記憶とは空間ではなく時間と結びつく。そもそも記憶という言葉が示唆するとおり、「場の感覚」とは一定の時間、一つの絵画と空間をともにするという奇跡に与えられた名であるからだ。
 綿布の上に顔料を何層にも塗り込めてかたちづくられた柴田の絵画はそれ自体が時間を内包している。色彩を抑制し、ペインタリーな印象の強かった《Silent Rock》に対して、新作においては明暗の対比やストロークの痕跡が浮かび上がる。おそらくそれは暗く閉じられた空間に寄り添い、見る者に場の記憶を与えようとする作家の配慮からもたらされているだろう。巨大で横長のフォーマットは視覚ではなく身体をとおして感受される。黒い壁面を背景に立ち上がるイメージ、ある者はそこに曙光を見出し、ある者は迸る流れを見るかもしれない。このような体験、かけがえのない、繰り返すことができない感覚こそが柴田の絵画の本質であり、やはりニューマンによって「時間の意味ではなく、時間の身体的な感覚」とも名指しされた、絵画のみによって与えられる啓示なのである。


(おさき・しんいちろう 鳥取県立博物館副館長)



□ 略歴

1968

大阪市生まれ

1994

神戸大学大学院美術教育研究科 修了

 

個展

1995

ギャラリー白

(大阪)

阿倍野SOHOギャラリー1

(大阪)

1996

ギャラリー白

(大阪)

ギャルリ OU

(大阪)

1997

ギャラリー白

(大阪)

1999

ギャラリー白

(大阪)

2005

ギャルリ OU

(大阪)

2015

STREET GALLERY

(兵庫)

2017

STREET GALLERY

(兵庫)

兵庫県パリ事務所

(フランス)

ギャラリー白kuro

(大阪)


グループ展

1991

兵庫県展

(兵庫県立近代美術館:兵庫)

1995

国際インパクトアートフェスティバル '95

 

(京都市立美術館:京都)

1998

実験展

(画廊ぶらんしゅ:大阪)

APOSTROPHE ART part5 展

(ギャラリー石彫:兵庫)

フラッグ アート1998

(夙川沿い:兵庫)

1999

実験展+α

(画廊ぶらんしゅ:大阪)

フラッグ アート1999

(夙川沿い:兵庫)

2000

実験展

(画廊ぶらんしゅ:大阪)

2002

Kansai Art Annual 2002

(SUMISO:大阪)

2003

Kansai Art Annual 2003

(SUMISO:大阪)

イコノクラッシュに抗して、なお

(ギャラリー白:大阪)

2004

アンビエントな絵画は新しいか

(ギャラリー白:大阪)

2005

西宮市展

(西宮市民ギャラリー:兵庫)

1万円で買えるアート展

(ギャラリーTAA:大阪)

柴田知佳子+野中知行展

(本町アートギャラリー:大阪)

2008

KANTAN歩2008

(海岸通ギャラリーCASO:大阪)

2009

KANTAN歩2009

(西宮市民ギャラリー:兵庫)

西宮市展

(西宮市民ギャラリー:兵庫)

真夏のアートフェスティバル2009

(ギャラリー菊:大阪)

兵庫県展

(兵庫県立近代美術館:兵庫)

2010

KANTAN歩2010

(ギャラリー菊:大阪/西宮市民ギャラリー:兵庫)

2011

真夏のアートフェスティバル2011

(ギャラリー菊:大阪)

抽象への誘い展 partU

(ギャラリー菊:大阪)

2012

真夏のアートフェスティバル2012

(ギャラリー菊:大阪)

アートセッション@天満橋

(京阪CITY MALL:大阪)

2013

音に命あり 姿なく生きて展

(ギャラリー菊:大阪)

宝塚現代美術てん・てん2013

(宝塚文化創造館:兵庫)

2014

宝塚現代美術てん・てん2014

(宝塚文化創造館:兵庫)

それぞれの表現展 2014

(ギャラリー菊:大阪)

gallerism in 天満橋 2014

(京阪CITY MALL:大阪)

2015

Comparaisons 2015,Art Capital

(グランパレ:パリ)

宝塚現代美術てん・てん2015

(友金アパート・305号室:兵庫)

2016

宝塚現代美術てん・てん2016

(旧静山荘・大浴場:兵庫)

2017

Comparaisons 2017,Art Capital

(グランパレ:パリ)

大阪御堂筋アート 2017

 

(梅新第一生命ビル エントランスロビー:大阪)