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岸本 吉弘 展 KISHIMOTO Yoshihiro <テキスト:大島 徹也> |
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2018.7.23-8.4 (7.29 close) ギャラリー白 kuro
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岸本吉弘――《湖のひみつ》後 |
大島 徹也
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岸本吉弘はかつて、ストライプをもっぱら水平方向に引いていたが(図1)、2013年の大作《湖のひみつ》(図2)において、一本の黒いストライプを垂直方向に引いた。近年の彼の仕事(図3)を特徴付ける垂直性は、その試みに遡るものである。私はその作品がもう少しで完成という段階で彼のスタジオを訪ねたことがあったが、その際彼が、その絵の前で私にこう言ったのを覚えている――「垂直のストライプは、一つの“決断”だった。たった一本、線を縦に引くことがどれほど困難だったか……」。その「決断」は彼にとって大きなターニングポイントとなり、《湖のひみつ》を境に岸本の仕事は、彼の表現を借りれば「水平ストライプ期」から「垂直期」へと入っていった。
岸本は2000年代前半から現在まで、緑色ないし青緑色を特徴的に用いてきている。緑や青緑という色は本質的に自然との結び付きが強い色で、葉や水といったものを容易に連想させる。そういう意味において具象性が強いと言える色彩をいっぱいに用いて、力強い抽象絵画を生み出しているところに、岸本の仕事の一つの大きな魅力がある。《湖のひみつ》後の垂直方向の仕事においても基本的にそれは変わらないが、しかしながら、それらの抽象的な画面は新たな次元へと入ったように思われる。そこでは、彼の絵画は通常の具象絵画の方へと転換することなく、自然風景(あるいは、岸本が意図しているであろうところを汲めば、自然の風景というよりは、自然という存在)との連関性をより感じさせるようになった。
近年の岸本は、《湖のひみつ》で描いたような直線的なストライプは避け、垂直方向に伸びているとはいえ多少なりとも変化のある、オーガニックな、「ストライプ」というよりは細長い形体を描いている。それらはたとえば樹木の幹や枝を想起させるが、前述のように、それは〈具象〉への転向ではない。それは、岸本が旧套的な〈具象〉を否定し〈抽象〉を探求する先に足を踏み入れることになった領域である。それを「抽象の向こう側」と言ったら大袈裟だろうか。
水平ストライプ期の岸本には、ストライプを横方向に走らせて画面を抑え統制しようとする意図が強く見られたが、それに関しても垂直期では変化が生じている。岸本が描く縦方向の細長い形体は、上方へと伸びようとする力を強く感じさせるもので、その効果によって、絵はいわば「生長力」を持った生命感を湛えるようになった。
岸本のこうした展開に対する一つの直接的な契機となったと思われるのが、《湖のひみつ》完成後ほどなくして彼がおこなった米国ニューヨーク州オレンジバーグでの約二ヶ月の滞在制作(2013年夏~秋)である。その間に彼が現地から私に送ってくれたいくつかの画像を改めて見ると、森の中と言っても良い環境に彼のスタジオ兼住居はあり、彼は自然の深い息づきの中で、《湖のひみつ》後の自らの進む方向について、体感的に考える機会を持ったことだろう。岸本はこれまで、その滞在制作の意義についてあまり語っていないが、それは、その後に彼が描いた作品そのものがその意義をすでに雄弁に言い表しているからかもしれない。
いずれにせよ、岸本が水平ストライプ期の2001年に述べた次の言葉は、その後から現在に至るまで、いまだ意味を失わず生き続けている――「私自身が直感的に感じる自身の意識の奥底にあるもの、無意識層のさらにもっと奥にあるもの、それが自然や全ての生き物のまた奥底にあるものと必ず共通している、共有している。そういう生命論的な認識が強く私には存在している。私が描きたいのはそういう奥底にある共通共有する部分、またはその関係性のようなものであると確信している」*。そして、近年の仕事において岸本は、その目指しているところへと、いっそう近付いていっているように思われる。
今回の個展に出品されている《誓いの構成》や《祈りの絵画》のような新作では、縦方向の細長い形体に赤茶色が目立って用いられている(そのような赤茶色の形体は、岸本は数年前から黒色のそれと並行して描いてきてはいるが)。赤茶色と言うと、言葉のうえでは、樹木の幹との繋がりがより強くなる印象を与えるかもしれないが、実際はその逆であるように私には感じられる。岸本のいくつかの垂直期の作品を比較して見れば、むしろ黒色の方が樹木的なイメージ性は強い。彼が用いる赤茶色――それは青緑色との対比によって、よく際立っている――は、幹の色としては違和感が強く、絵全体における自然のイメージへのレファレンスを弱める方向に作用している。それに加えて、上記二作品では赤茶色の縦方向の細長い形体が数本、等間隔で重ねられるようになっており、岸本が水平ストライプ期に見せていた抽象的なパターン性が、90度向きを変えて出てきている。彼の絵画と自然との関係性がイメージ的に安直になってしまう手前で、今回岸本は自らが進むべき方向をさらに深く探り始めたようである。
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* 岸本吉弘『絵画――新たなる物語のために』晃洋書房、2018年、23-24頁
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(おおしま てつや・広島大学大学院 准教授)
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図1
岸本吉弘 《Zの旗Ⅲ》 2005年 油彩・蜜蝋、キャンバス 162×97cm 作家蔵
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図2
岸本吉弘 《湖のひみつ》 2013年 油彩・蜜蝋、キャンバス 194.5×487.5cm 国立国際美術館
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図3
岸本吉弘 《手紙(デッサン)》 2015年 油彩・蜜蝋、キャンバス 291×591cm 作家蔵
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□ 略歴
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1968 |
兵庫県神戸市生まれ(現在、宝塚市在住) |
1992 |
武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業 |
1994 |
武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了 |
1998 |
文化庁芸術インターンシップ研修員 |
2001 |
大和日英基金の助成によりロンドンにて滞在制作 |
2013 |
ルース・カッツマン奨学金の助成によりニューヨークにて滞在制作 |
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主な個展 |
1991 |
Gアートギャラリー |
(東京) |
1992 |
かねこ・あーとG1 |
(東京) |
1995 |
ギャラリィK |
(東京) |
1996 |
ギャラリィK |
(東京) |
1997 |
ウインドーギャラリー |
(東京) |
1998 |
ギャラリーαM |
(東京) |
1999 |
ギャルリームカイ |
(東京) |
2001 |
トアギャラリー |
(兵庫) |
2002 |
トアロード画廊 |
(兵庫) |
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かわさきIBM市民文化ギャラリー |
(神奈川) |
2003 |
ギャラリーラ・フェニーチェ |
(大阪) |
2004 |
トアロード画廊 |
(兵庫) |
2005 |
トアロード画廊 |
(兵庫) |
2006 |
西脇市岡之山美術館 |
(兵庫) |
2007 |
甲南大学ギャルリーパンセ |
(兵庫) |
2008 |
アスタくにづか2番館特設会場 |
(兵庫) |
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トアロード画廊 |
(兵庫) |
2009 |
奈義町現代美術館 |
(岡山) |
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海岸通ギャラリーCASO |
(大阪) |
2010 |
トアロード画廊 |
(兵庫) |
2011 |
gallery COEXIST |
(東京) |
2013 |
ギャラリー白・ギャラリー白3 |
(大阪) |
2014 |
オープン・スタジオ VYT |
(ニューヨーク,アメリカ) |
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+Y Gallery |
(大阪) |
2015 |
ギャラリー白・ギャラリー白3 |
(大阪) |
2016 |
ギャラリーあしやシューレ |
(兵庫) |
2018 |
ギャラリー白・ギャラリー白 kuro |
(大阪) |
主なグループ展など |
1990 |
コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90 |
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(原宿クエストホール:東京) |
1994 |
現代美術新進作家展 |
(網走市立美術館:北海道) |
1996 |
現代日本美術展 |
(東京都美術館:東京/京都市美術館:京都) |
1998 |
EARLY−WORKS 始点 |
(ギャルリームカイ:東京) |
2001 |
VOCA −現代美術の展望 |
(上野の森美術館:東京) |
2002 |
こころのパン 日本現代美術展 |
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(’05にかけてトルコ主要5都市巡回) |
2003 |
party |
(CAPHOUSE:兵庫) |
2004 |
ペインタリネス |
(ギャラリー白:大阪) |
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Gallery Selection−RESONANCE |
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(ギャラリーラ・フェニーチェ:大阪) |
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VOCA −現代美術の展望 |
(上野の森美術館:東京) |
2005 |
兵庫国際絵画コンペティション |
(兵庫県立美術館:兵庫) |
2006 |
見ること/作ることの持続−後期モダニズムの美術− |
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(武蔵野美術大学美術資料図書館:東京) |
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ペインタリネス |
(ギャラリー白:大阪) |
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party |
(CAPHOUSE:兵庫) |
2009 |
表層の冒険者達 |
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(ギャラリー石田:東京 /exhibit live&Moris Gallery:東京) |
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神戸大学発達科学部B棟壁画制作(タイルモザイク)恒久設置 |
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Link−しなやかな逸脱 神戸ビエンナーレ招待作家展 |
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(兵庫県立美術館:兵庫) |
2011 |
空間をめぐる四つの対話 |
(熊本県立美術館分館展示室:熊本) |
2012 |
COMPOSED |
(COOHAUS:ニューヨーク) |
2013 |
ペインタリネス2013 |
(ギャラリー白:大阪) |
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所蔵品展 |
(愛知県美術館:愛知) |
2014 |
ペインタリネス2014 |
(ギャラリー白:大阪) |
2015 |
コレクションIII 辰野登恵子と日本の抽象絵画 |
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(国立国際美術館:大阪) |
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アート大阪 |
(ホテルグランヴィア:大阪) |
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ペインタリネス2015 |
(ギャラリー白:大阪) |
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ART FAIR ASIA/FUKUOKA 2015 |
(ソラリア西鉄ホテル:福岡) |
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絵画展「秋韻」 |
(数奇和 表具額装とギャラリー:東京) |
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下町芸術祭 with PAINTER |
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(神戸市立地域人材支援センター[旧二葉小学校] /アスタくにづか1番館1階:兵庫) |
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神戸ビエンナーレ2015 兵庫・神戸の仲間たち展 |
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(BBプラザ美術館:兵庫) |
2016 |
第2回大阪御堂筋アート |
(梅新第一生命ビルディング:大阪) |
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ペインタリネス2016 |
(ギャラリー白:大阪) |
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Boy's drawing 小川佳夫・岸本吉弘・中島一平・東島毅 |
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(ギャラリー白:大阪) |
2017 |
ペインタリネス2017 |
(ギャラリー白:大阪) |
2018 |
Boy’s drawing vol.2 |
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(ギャラリー白/ギャラリー白kuro:大阪) |
受賞 |
1990 |
コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90 奨励賞 |
1991 |
第5回ホルベインスカラシップ奨学生 |
1992 |
卒業制作優秀賞 |
1994 |
修了制作優秀賞 |
1997 |
現代日本美術展 大原美術館賞 |
2003 |
兵庫県芸術奨励賞 |
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第17回ホルベインスカラシップ奨学生 |
2005 |
資生堂ADSP |
2008 |
神戸長田文化賞 |
2009 |
神戸市文化奨励賞 |
パブリックコレクション |
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愛知県美術館 大原美術館 神戸市 神戸大学 国立国際美術館 デルメンデレ市(トルコ) 他 |
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