ペインタリネス 2022
<テキスト:尾崎 信一郎>
石川 裕敏・岸本 吉弘


2022. 8.22-9.3 (8.28close)
ギャラリー白 kuro



ペインタリネスとカラーフィールド

尾崎信一郎


 1995年に始まった「ペインタリネス」も今年で23回目、四半世紀を超えた。特にこの数年、私たちはパンデミックというかつて経験したことのない災厄に見舞われ、展示を見に行くことさえままならないという異例の状況を過ごした訳であるが、今年に入りようやく光明が見えてきたことは、各地の美術館で注目すべき展覧会が予定通り開催されていることからも理解されよう。なおもいくつかの展示を未見であることはもどかしいが、「ペインタリネス」と関連して必見の展覧会といえばDIC川村記念美術館で現在も開催中の「カラーフィールド 色の海を泳ぐ」を措いてない。私も早々に訪れ、大きな感銘を受けた。しかし一方でいくつかの疑問が浮かんだことも率直に告白しておく。
 「ペインタリネス」と「カラーフィールド」はいかなる関係にあるのか。末節的に感じられるかもしれないが、まずこの点を整理しておきたい。今まで何度か繰り返したとおり、「ペインタリネス」とは美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンがルネッサンス美術とバロック美術を比較する際に用いたリニア/ペインタリーという二分法に由来し、クレメント・グリーンバーグは抽象表現主義絵画のうち、カラーフィールド・ペインティングと呼ばれるロスコやニューマンらの絵画をペインタリーな抽象絵画と呼んだ。したがってロスコやニューマンの傑作を所蔵している/かつて所蔵していたこの美術館でこの伝統に連なる作家たちの大規模な展覧会が開催されることはまことに当を得ている。しかしながら実際に展示されている作家たちはいわゆる抽象表現主義に属するのではなく、彼らを継ぐルイスやノーランドといった一世代下の作家たちなのである。(このためカタログや掲示では「カラーフィールド・ペインティング」という言葉を避けて「カラーフィールド」が多用されている)これらの作家たちを高く評価したのはグリーンバーグその人であり、このような経緯を踏まえてこれらの絵画に「ポスト・ペインタリー・アブストラクション」の名を与えるとともに同名の展覧会を企画さえしている。今回の展覧会はトロントの所蔵家のコレクションによってこの系譜に連なる作家たちを紹介する内容であり、ルイスやフランケンサーラーといったよく知られた画家からジャック・ブッシュ、フリーデル・ズーバスといったほとんど知られていない作家にいたる40点余りの作品で構成されている。
 素晴らしい展覧会であった。作品の大半は縦向きには私たちの背丈を越え、横向きには視野を超えて広がる。多くの作品でステイニング技法が使用され、カンヴァスと境界なき色彩が一体化され、めくるめくヴィジョンが広がる。物質感のない画面は視覚のみに訴求するから、私たちはグリーンバーグがいうところの「非実体化され、重みを欠き、蜃気楼のごとくただ視覚的にのみ存在する」作品の一つの範例を見る思いだ。私も多くの絵画を見てきたが、このような体験はこれら一連の絵画以外にありえず、グリーンバーグやマイケル・フリードがこれらの作品にモダニズム絵画の絶頂を見たことの妥当性をあらためて認識した。
 しかし同時に私は先に述べたペインタリーな抽象表現主義絵画、ロスコやニューマン、あるいはスティルとの間に決定的な断絶をも感受せざるを得なかった。言語化するのが難しいギャップであるが、カラーフィールドの絵画は壮麗ではあっても強度を欠いている。理由の一つは明らかである。絵具が物質として実体化されないカラーフィールドの絵画は表面の存在感に劣る。(一方で後期に極端に物質的な画面に転ずるオリツキーのごとき画家も存在するが、この問題はひとまず措く)色彩の重層によっていずれも見る者の視線を内部へと誘うロスコとルイスを比較する時、この点は明らかであるし、実際に同じ美術館のロスコ・ルームを訪れることによって直ちに体験することができよう。ロスコのにじみ出るような色彩は時に宗教的な法悦さえもたらすが、ルイスのステイニングは物理的な作用の痕跡にすぎず、深みに欠けるのだ。
 さらに私は絵画の主題性がこの問題と関わっているのではないかと考える。ロスコやニューマンは作品の主題を重視し、彼らの絵画はしばしば悲劇や記憶、神話といった重い主題と関連づけられた。そこに第二次大戦という惨禍の残響をうかがうことは容易である。逆にカラーフィールドの作家たちは主題なしに絵画をどこまで強化できるかを実験したといえるかもしれない。おそらく彼らの作品の破格のサイズはこの点に由来する。しかしあらためて問おう。オリツキーの色面の広がりと例えばニューマンの《ワンメントT》の凝縮のいずれに私たちは強い存在感を感じるだろうか。私は両者をともに傑作と呼ぶことに躊躇しない。しかしこれら二つの絵画の間に決定的な隔たりも感じざるを得ないのだ。
 さて、ペインタリネスである。私たちは現在、生涯において初めて一つの国が暴力によって他国を蹂躙し、支配しようとする異常な事態に立ち会っている。無数の人々が血を流し、難民となり、家族が引き裂かれていく。かかる状況の下で筆を握ることはいかなる意味をもつか。この展覧会は私が信頼するヴェテランの作家たちのグループ展として長く引き継がれてきたから、作品のクオリティーについては確信している。今年の展示で私が興味を抱くのは絵画の主題という点に関して彼らがどのような進境にあるかという点だ。むろん抽象絵画において暴力という主題がいかに深く画面の中に秘匿されるかという点は現在話題となっているゲルハルト・リヒターの作例からも明らかである。この数年、私はペインタリネスの作家たちにおける風景という主題との関係について論じてきた。風景とはその前に立って眼差しを向けることによって発生する。すなわち見るという意志において成立する主題であった。風景という主題は画家が人として対象から目を逸らさないことを暗示しているかもしれない。現実と向かい合うことによって絵画はいかなる強度を帯びうるか。現実はいかにして絵画に反映されうるか。私はかつてペインタリネスの倫理性を説いた。苛酷な現実の中で私たちが向かうべきはペインタリネスの充実であってカラーフィールドの壮麗ではない。


(おさき・しんいちろう 鳥取県立美術館整備局美術振興監)




□ 石川 裕敏



□ 略歴

1968

大阪に生まれる

1991

大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業

 

個展

1991

ギャラリー白

(大阪)

1992

ギャラリー白

(大阪)

1993

ギャラリーココ

(京都)

1994

ギャラリー白

(大阪)

1995

ギャラリー白

(大阪)

1996

ギャラリー白

(大阪)

1997

ギャラリー白

(大阪)

2001

「WATERSIDE」

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

「The sign of waters」

(ギャラリー白:大阪)

「The general weather conditions」

(日下画廊:大阪)

2002

TENBA-A

(大阪)

2002

「The sign of waters」

 

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2004

「The sign of waters」

 

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2005

「The sign of waters」

(天野画廊:大阪)

2006

「The sign of waters」

 

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2008

「General weather conditions」

 

(ギャラリー&スペース DELLA-PACE:兵庫)

2010

「Pick up drops」

(ギャラリー白:大阪)

2016

「−Pick up drops−」

(ギャラリー白:大阪)


グループ展

1991

Orphan Drug

(ギャラリーココ:京都)

 

NEW FACE

(ギャラリーVIEW:大阪)

 

BEYOND

(ギャラリー白:大阪)

 

翠雨の旋律

(ギャラリー白:大阪)

1993

LINE−循環としてのマトリックス−

 

(クリスタルギャラリー:大阪)

1994

イメージの鍛練

(ギャラリー白:大阪)

アート・ナウ'94

(兵庫県立近代美術館:兵庫)

1996

ペインタリネスU

(ギャラリー白:大阪)

 

アーティストファイル

(愛知芸術文化センター:愛知)

1997

1ダースの水槽

(ガレリアフェナルテ:愛知)

現代美術10人展

 

(京阪ギャラリー・オブ・アーツ・アンド・サイエンス:大阪)

1998

アーティストファイル

(愛知芸術文化センター:愛知)

1999

Radiant Ocuurrence−放射する出来事−

 

(名古屋芸術大学ギャラリーBE:愛知)

 

Compact Disc−CDというメディアの響宴−

 

(神戸アートビレッジセンター:兵庫)

2000

水辺−Insight of side−

(日下画廊:大阪)

2001

ペインタリネスX

(ギャラリー白:大阪)

2002

VOCA展2002

(上野の森美術館:東京)

2003

Fine Edge

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

呼吸−breath−

(ギャラリー白:大阪)

京都・洋画の現在〜85人の視点

(京都文化博物館:京都)

絵画を見る2

(ギャラリー白:大阪)

2004

DELICACY

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2005

21 C ICAA 第12回ソウル・インターナショナル アート・フェスティバル2005

 

(朝鮮日報社ギャラリー:韓国)

2005

International Environment Art Expo Korea 2005

 

(SAM SUNG COEX CONVENTION HALL:韓国)

2006

ペインタリネス2006

(ギャラリー白:大阪)

2007

ペインタリネス2007

(ギャラリー白:大阪)

JAMIN

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

架空通信 百花繚乱展

(兵庫県立美術館ギャラリー棟:兵庫)

2008

絵画的絵画

(ギャラリー白:大阪)

JAMIN 2

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2009

ペインタリネス2009

(ギャラリー白:大阪)

 

2009韓・日現代美術ー表現と方法展

 

(ドンペグ・アートセンター:韓国釜山)

2010

JAMIN 4

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

《贈り物》

(マサヨシスズキギャラリー:愛知)

2011

ペインタリネス2011

(ギャラリー白:大阪)

 

JAMIN 5

(ギャラリーエスプリヌーボー:岡山)

2012

ペインタリネス2012

(ギャラリー白:大阪)

2013

ペインタリネス2013

(ギャラリー白:大阪)

番画廊閉廊「サ・ヨ・ナ・ラbangarow」展

(番画廊:兵庫)

2014

ペインタリネス2014

(ギャラリー白:大阪)

2015

色の底・記憶の淵/藤永覚耶・石川裕敏 2人展

 

(マサヨシスズキギャラリー:愛知)

第1回大阪芸術大学卒業 美術科教員による作品展

 

(大阪芸術大学スカイキャンパス、あべのハルカス:大阪)

ペインタリネス2015

(ギャラリー白:大阪)

下町芸術祭 with PAINTER

 

(神戸新長田エリア、神戸市立地域人材支援センター 
[旧二葉小学校]・アスタくにづか1番館1階:神戸)

2016

第2回 大阪御堂筋アート

(大阪御堂筋沿い各所:大阪)

2016

ペインタリネス2016

(ギャラリー白:大阪)

2017

ペインタリネス2017

(ギャラリー白:大阪)

2018

ペインタリネス2018

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2019

ペインタリネス2019

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2021

ペインタリネス2021

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2022

ペインタリネス2022

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

パブリックコレクション

 

関西国際大学(兵庫県三木市)

 

旧松下電気株式会社人材開発センター(大阪府枚方市)

 

タピエ(大阪/東京)

 

ワイズコーポレーション(愛知県岡崎市)




□ 岸本 吉弘



□ 略歴

1968

兵庫県神戸市生まれ(現在、宝塚市在住)

1992

武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業

1994

武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了

1998

文化庁芸術インターンシップ研修員

2001

大和日英基金の助成によりロンドンにて滞在制作

2018

著作集「絵画 新たなる物語のために」(晃洋書房)発刊

 
現在、神戸大学大学院教授

 

主な個展

1991

Gアートギャラリー

(東京)

1992

かねこ・あーとG1

(東京)

1995

ギャラリィK

(東京)

1996

ギャラリィK

(東京)

1997

ウインドーギャラリー

(東京)

1998

ギャラリーαM

(東京)

1999

ギャルリームカイ

(東京)

2001

トアギャラリー

(兵庫)

2002

トアロード画廊

(兵庫)

 

かわさきIBM市民文化ギャラリー

(神奈川)

2003

ギャラリーラ・フェニーチェ

(大阪)

2004

トアロード画廊

(兵庫)

2005

トアロード画廊

(兵庫)

2006

西脇市岡之山美術館

(兵庫)

2007

甲南大学ギャルリーパンセ

(兵庫)

2008

アスタくにづか2番館特設会場

(兵庫)

トアロード画廊

(兵庫)

2009

奈義町現代美術館

(岡山)

 

海岸通ギャラリーCASO

(大阪)

2010

トアロード画廊

(兵庫)

2011

gallery COEXIST

(東京)

2013

ギャラリー白・ギャラリー白3

(大阪)

2014

オープン・スタジオ VYT

(ニューヨーク,アメリカ)

+Y Gallery

(大阪)

2015

ギャラリー白・ギャラリー白3

(大阪)

2016

ギャラリーあしやシューレ

(兵庫)

2017

雅景錐/数寄和

(京都)/(東京)

2018

ギャラリー白・ギャラリー白 kuro

(大阪)

2019

数寄和

(東京)

2020

ギャラリー白・ギャラリー白3・ギャラリー白 kuro

(大阪)

2022

ギャラリー白

(大阪)


主なグループ展など

1990

コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90

 

(原宿クエストホール:東京)

1994

現代美術新進作家展

(網走市立美術館:北海道)

1996

現代日本美術展

(東京都美術館:東京/京都市美術館:京都)

1998

EARLY−WORKS 始点

(ギャルリームカイ:東京)

2001

VOCA −現代美術の展望

(上野の森美術館:東京)

2002

こころのパン 日本現代美術展

 

(’05にかけてトルコ主要5都市巡回)

2003

party

(CAPHOUSE:兵庫)

2004

ペインタリネス

(ギャラリー白:大阪)

 

Gallery Selection−RESONANCE

 

(ギャラリーラ・フェニーチェ:大阪)

 

VOCA −現代美術の展望

(上野の森美術館:東京)

2005

兵庫国際絵画コンペティション

(兵庫県立美術館:兵庫)

2006

見ること/作ることの持続−後期モダニズムの美術−

 

(武蔵野美術大学美術資料図書館:東京)

 

ペインタリネス

(ギャラリー白:大阪)

 

party

(CAPHOUSE:兵庫)

2009

表層の冒険者達

 

(ギャラリー石田:東京 
/exhibit live&Moris Gallery:東京)

 

神戸大学発達科学部B棟壁画制作(タイルモザイク)恒久設置

 

Link−しなやかな逸脱 神戸ビエンナーレ招待作家展

 

(兵庫県立美術館:兵庫)

2011

空間をめぐる四つの対話

(熊本県立美術館分館展示室:熊本)

2012

COMPOSED

(COOHAUS:ニューヨーク)

2013

ペインタリネス2013

(ギャラリー白:大阪)

所蔵品展

(愛知県美術館:愛知)

2014

ペインタリネス2014

(ギャラリー白:大阪)

2015

コレクションIII 辰野登恵子と日本の抽象絵画

 

(国立国際美術館:大阪)

アート大阪

(ホテルグランヴィア:大阪)

ペインタリネス2015

(ギャラリー白:大阪)

ART FAIR ASIA/FUKUOKA 2015

(ソラリア西鉄ホテル:福岡)

絵画展「秋韻」

(数奇和 表具額装とギャラリー:東京)

下町芸術祭 with PAINTER

 

(神戸市立地域人材支援センター[旧二葉小学校] 
/アスタくにづか1番館1階:兵庫)

神戸ビエンナーレ2015 兵庫・神戸の仲間たち展

 

(BBプラザ美術館:兵庫)

2016

第2回大阪御堂筋アート

(梅新第一生命ビルディング:大阪)

ペインタリネス2016

(ギャラリー白:大阪)

Boy's drawing 小川佳夫・岸本吉弘・中島一平・東島毅

 

(ギャラリー白:大阪)

2017

ファースト・アクション

(雅景錐:京都)

ペインタリネス2017

(ギャラリー白:大阪)

2018

アブストラクト

(雅景錐:京都)

自然ノニオイ−2人展

(高島屋新宿10階美術画廊:東京)

Boy’s drawing vol.2

 

(ギャラリー白/ギャラリー白kuro:大阪)

ペインタリネス2018

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2019

前田正明・岸本吉弘 新作展

(ギャラリー尾形:福岡)

寺島みどり・岸本吉弘「位相の庭」

 

(ギャラリーあしやシューレ:兵庫)

ペインタリネス2019

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2020

ながた芸術の杜−神戸長田文化賞 歴代受賞者展−

 

(新長田合同庁舎 1階展示ギャラリー:兵庫)

2020

垂線−垂直線の魅力

(ギャラリー白:大阪)

2021

ペインタリネス2021

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2022

ペインタリネス2022

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)


受賞

1990

コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90 奨励賞

1991

第5回ホルベインスカラシップ奨学生

1992

卒業制作優秀賞

1994

修了制作優秀賞

1997

現代日本美術展  大原美術館賞

2003

兵庫県芸術奨励賞

第17回ホルベインスカラシップ奨学生

2005

資生堂ADSP

2008

神戸長田文化賞

2009

神戸市文化奨励賞


パブリックコレクション

 

愛知県美術館
大原美術館
神戸市
神戸大学
国立国際美術館
デルメンデレ市(トルコ)
パナソニック