ペインタリネス 2024
<テキスト:尾崎信一郎>
岸本 吉弘・真木 智子


2024.8.19− 8.31 (8.25close)
ギャラリー白kuro



最後の「ペインタリネス」

尾崎 信一郎

 25回目の、最後の「ペインタリネス」。1995年に始められたこの展覧会も画廊が閉じられるため、今回が最後となる。
 私が最初にこの集団展のテクストを書かせていただいたのは2006年のことである。それ以来、コロナ禍に直撃された2020年を唯一の例外として展覧会は毎年開催され、私も毎回テクストを書き継いできた。やや大袈裟にいえば、私にとってもこの集団展と関わることは一つのライフワークであった。結果的にこの集団展には延べ30名ほどの作家が参加したが、参加する作家は大きく顔ぶれを変えることなく、とりわけ私が関わるようになった頃からほぼ固定したメンバーによって続けられてきた。しかしこれはマンネリズムを意味しない。作家たちはいつも新鮮な作品で応じてくれたし、しばしば作風の明らかな転換や更新が認められたことは展示に緊張を与えた。年に一度、信頼する作家たちの作品を世に問うことは私にとっても大きな楽しみであり、いかなる言葉によって彼らの作品に応接するか、私もそれなりにテクストに心を砕いてきた思いがある。
 思い返せばこの20年ほどの間に震災と原子力災害があり、政治を私する者たちの手によって国家はみじめに凋落し、とどめを刺すかのように疫病の流行が到来した。分断と差別の下、この国に暮らす人々は救いのない時代を送ることを余儀なくされた。しかし幸いにも私たちには拠って立つべき表現があり、それはまさに「ペインタリネス」という言葉に集約されたのではなかったか。現在、実に多様な表現が美術を名乗り、絵画という表現においても無数の選択肢が示されている。しかし私たちはきわめて限定された可能性を選んだ。かつて論じたとおり、ここに集う作家たちの共通点としては、画面が具体的なかたちを結ばず、物質的かつ面的に構成される点、画面の中に地と像の関係は成立することがなく、色彩は必ずしも重視されない点、支持体の形態が意識される場合が多く、時に垂直もしくは水平の方向性を帯びる点などが挙げられる。もちろん作家によってはこのような前提が共有されない場合もある。渡辺信明の絵画は時に具体的なイメージを示唆し、善住芳枝はしばしば鮮烈な色彩を用いて画面を構築する。しかしながら多様な表現を用いながらも、彼らが一つのモデルとみなすのはおそらくは1950年代に主にアメリカで制作された一連の絵画ではなかっただろうか。
 思うに、いつの時代にもたえず優れた作品が制作されるはずはない。歴史に残る作品は集中的に私たちの前に姿を現す。20世紀美術を振り返るならば私は20年代のパリと60年代のニューヨークこそが二つの絶頂ではなかったかと考える。しかしニューヨークにおいては60年代にやや先行して私たちが注目すべき絵画が出現した。私はこの時代こそ絵画が絵画として、すなわちメディウムとしての特性を最大限に発揮して最も魅力に輝いた時代であると確信しているし、それゆえにそれらの絵画はしばしば崇高や超越といった言葉とともに論じられたのではなかっただろうか。現在、かかる見解は近代主義の偏重、男性中心的といった言葉によってしばしば難じられる。しかし反問しよう。20世紀において1950年代に発表されたペインタリーな抽象絵画を超える絵画的達成を一つたりとも事挙げすることができようか。(なお言い添えておけば、かかる達成に名を連ねるべき作家としてリー・クラズナーやヘレン・フランケンサーラーといった女性画家も当然ながら存在したことは近年の研究と展示によって明らかになりつつある)それならば私たちのささやかな挑戦が一連のペインタリーな抽象絵画に範を求めていけない理由があろうか。もちろん私は自らの思 いによって作家たちを誘導しようとは考えていない。明らかに作家たちは各々の内発に基づいて作品を深めており、そこに私が容喙すべき余地はない。この点を十分に意識したうえで、私は抽象絵画の一つの頂点としてペインタリーな抽象性の重要性を強く主張したいのだ。そこでは絵画の物質性とイメージの視覚性が分かちがたく結びついている。そして何よりも絵画はその強度においてほかに類例がない。
 あらためて私が初めてテクストを寄せた2006年の「ペインタリネス」の出品作家を確認する。石川裕敏、大城国夫、岸本吉弘、佐藤有紀、善住芳枝、館勝生、渡辺信明。このうち4名は今回の展示にも出品しており、この集団展の中核といってよい。そして館勝生だ。以前にも記した点であるが、ペインタリネスを論じるにあたって私はいつも今は亡き二人の友人を想う。館とギャラリー白のかつてのオーナーであり、この展覧会を企画した鳥山健。はるかに年長の鳥山を友人呼ばわりすることにわずかな抵抗を覚えつつも、鳥山と館の不在によってこそ私たちは常にこの展覧会を自分たちの人生においてもおろそかにできない大切な仕事ととらえてきたのではなかっただろうか。そして二人の遺志を継いだ吉澤敬子の強い意志によってこの展覧会はギャラリー白の終焉まで途切れることなく重ねられてきたのだ。
 次はない。最後の「ペインタリネス」。今、名前を挙げた三人、そして作品を出品していただいたすべての作家に心からの感謝を捧げ、私も一つのライフワークを閉じる。

(おさき・しんいちろう 鳥取県立美術館館長)




□ 岸本 吉弘



□ 略歴

1968

兵庫県神戸市生まれ(現在、宝塚市在住)

1992

武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業

1994

武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了

1998

文化庁芸術インターンシップ研修員

2001

大和日英基金の助成によりロンドンにて滞在制作

2018

著作集「絵画 新たなる物語のために」(晃洋書房)発刊

 
現在、神戸大学大学院教授

 

主な個展

1991

Gアートギャラリー

(東京)

1992

かねこ・あーとG1

(東京)

1995

ギャラリィK

(東京)

1996

ギャラリィK

(東京)

1997

ウインドーギャラリー

(東京)

1998

ギャラリーαM

(東京)

1999

ギャルリームカイ

(東京)

2001

トアギャラリー

(兵庫)

2002

トアロード画廊

(兵庫)

 

かわさきIBM市民文化ギャラリー

(神奈川)

2003

ギャラリーラ・フェニーチェ

(大阪)

2004

トアロード画廊

(兵庫)

2005

トアロード画廊

(兵庫)

2006

西脇市岡之山美術館

(兵庫)

2007

甲南大学ギャルリーパンセ

(兵庫)

2008

アスタくにづか2番館特設会場

(兵庫)

トアロード画廊

(兵庫)

2009

奈義町現代美術館

(岡山)

 

海岸通ギャラリーCASO

(大阪)

2010

トアロード画廊

(兵庫)

2011

gallery COEXIST

(東京)

2013

ギャラリー白・ギャラリー白3

(大阪)

2014

オープン・スタジオ VYT

(ニューヨーク,アメリカ)

+Y Gallery

(大阪)

2015

ギャラリー白・ギャラリー白3

(大阪)

2016

ギャラリーあしやシューレ

(兵庫)

2017

雅景錐/数寄和

(京都)/(東京)

2018

ギャラリー白・ギャラリー白 kuro

(大阪)

2019

数寄和

(東京)

2020

ギャラリー白・ギャラリー白3・ギャラリー白 kuro

(大阪)

2022

ギャラリー白

(大阪)

2023

ギャラリー白・ギャラリー白 kuro

(大阪)


主なグループ展など

1990

コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90

 

(原宿クエストホール:東京)

1994

現代美術新進作家展

(網走市立美術館:北海道)

1996

現代日本美術展

(東京都美術館:東京/京都市美術館:京都)

1998

EARLY−WORKS 始点

(ギャルリームカイ:東京)

2001

VOCA −現代美術の展望

(上野の森美術館:東京)

2002

こころのパン 日本現代美術展

 

(’05にかけてトルコ主要5都市巡回)

2003

party

(CAPHOUSE:兵庫)

2004

ペインタリネス

(ギャラリー白:大阪)

 

Gallery Selection−RESONANCE

 

(ギャラリーラ・フェニーチェ:大阪)

 

VOCA −現代美術の展望

(上野の森美術館:東京)

2005

兵庫国際絵画コンペティション

(兵庫県立美術館:兵庫)

2006

見ること/作ることの持続−後期モダニズムの美術−

 

(武蔵野美術大学美術資料図書館:東京)

 

ペインタリネス

(ギャラリー白:大阪)

 

party

(CAPHOUSE:兵庫)

2009

表層の冒険者達

 

(ギャラリー石田:東京 
/exhibit live&Moris Gallery:東京)

 

神戸大学発達科学部B棟壁画制作(タイルモザイク)恒久設置

 

Link−しなやかな逸脱 神戸ビエンナーレ招待作家展

 

(兵庫県立美術館:兵庫)

2011

空間をめぐる四つの対話

(熊本県立美術館分館展示室:熊本)

2012

COMPOSED

(COOHAUS:ニューヨーク)

2013

ペインタリネス2013

(ギャラリー白:大阪)

所蔵品展

(愛知県美術館:愛知)

2014

ペインタリネス2014

(ギャラリー白:大阪)

2015

コレクションIII 辰野登恵子と日本の抽象絵画

 

(国立国際美術館:大阪)

アート大阪

(ホテルグランヴィア:大阪)

ペインタリネス2015

(ギャラリー白:大阪)

ART FAIR ASIA/FUKUOKA 2015

(ソラリア西鉄ホテル:福岡)

絵画展「秋韻」

(数奇和 表具額装とギャラリー:東京)

下町芸術祭 with PAINTER

 

(神戸市立地域人材支援センター[旧二葉小学校] 
/アスタくにづか1番館1階:兵庫)

神戸ビエンナーレ2015 兵庫・神戸の仲間たち展

 

(BBプラザ美術館:兵庫)

2016

第2回大阪御堂筋アート

(梅新第一生命ビルディング:大阪)

ペインタリネス2016

(ギャラリー白:大阪)

Boy's drawing 小川佳夫・岸本吉弘・中島一平・東島毅

 

(ギャラリー白:大阪)

2017

ファースト・アクション

(雅景錐:京都)

ペインタリネス2017

(ギャラリー白:大阪)

2018

アブストラクト

(雅景錐:京都)

自然ノニオイ−2人展

(高島屋新宿10階美術画廊:東京)

Boy’s drawing vol.2

 

(ギャラリー白/ギャラリー白kuro:大阪)

ペインタリネス2018

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2019

前田正明・岸本吉弘 新作展

(ギャラリー尾形:福岡)

寺島みどり・岸本吉弘「位相の庭」

 

(ギャラリーあしやシューレ:兵庫)

ペインタリネス2019

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2020

ながた芸術の杜−神戸長田文化賞 歴代受賞者展−

 

(新長田合同庁舎 1階展示ギャラリー:兵庫)

2020

垂線−垂直線の魅力

(ギャラリー白:大阪)

2021

ペインタリネス2021

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2022

ペインタリネス2022

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2023

ペインタリネス2023

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2024

ペインタリネス2024

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)


受賞

1990

コンテンポラリーアート・エキスポ東京’90 奨励賞

1991

第5回ホルベインスカラシップ奨学生

1992

卒業制作優秀賞

1994

修了制作優秀賞

1997

現代日本美術展  大原美術館賞

2003

兵庫県芸術奨励賞

第17回ホルベインスカラシップ奨学生

2005

資生堂ADSP

2008

神戸長田文化賞

2009

神戸市文化奨励賞


パブリックコレクション

 

愛知県美術館
大原美術館
神戸市
神戸大学
国立国際美術館
デルメンデレ市(トルコ)
パナソニック




□ 真木 智子



□ 略歴

1959

兵庫に生まれる

1983

京都市立芸術大学美術学部油画科卒業

1985

京都市立芸術大学大学院修了

 

個展

1984

ギャラリーすずき

(京都)

1986

ギャラリー白

(大阪)

1990

THE EIGHTIES

(コバヤシ画廊:東京)

ギャラリー白

(大阪)

2008

ギャラリー白

(大阪)

2008

スパイスカフェ

(東京)

2012

コバヤシ画廊

(東京)

2013

コバヤシ画廊

(東京)

2014

コバヤシ画廊

(東京)

2015

コバヤシ画廊

(東京)

2017

コバヤシ画廊

(東京)

2018

ギャラリー白

(大阪)

2020

ギャラリー白

(大阪)

2023

ギャラリー白

(大阪)

2024

ギャラリー白3

(大阪)


グループ展

1984

多種多様態展

(大阪府立現代美術センター:大阪)

1986

伊藤カヨコ・佐藤智子・田中美和展

(ギャラリー白:大阪)

YES ART

(ギャラリー白:大阪)

International Fair of Contemporary Art Bologna

 

(イタリア)

ボローニャアートフェアー出品作品展

(ギャラリー白:大阪)

1987

アート・ナウ'87

(兵庫県立近代美術館:神戸)

YES ART DELUXE

 

(ギャラリー白:大阪/佐賀町エキジビットスペース:東京)

1988

ハラアニュアル

(原美術館:東京)

絵画論的絵画

(ギャラリー白:大阪)

2007

8SEASONS−8人の現在

(ギャラリー北野:京都)

2009

10SEASONS−10人の現在

(ギャラリーヒルゲート:京都)

ペインタリネス 2009

(ギャラリー白:大阪)

2011

12SEASONS−12人の現在

(ギャラリーヒルゲート:京都)

2013

MESSAGE 2013

(コバヤシ画廊:東京)

13SEASONS−13人の現在

(ギャラリーヒルゲート:京都)

2014

MESSAGE 2014

(コバヤシ画廊:東京)

2015

MESSAGE 2015

(コバヤシ画廊:東京)

14SEASONS−14人の現在

(ギャラリーヒルゲート:京都)

2016

MESSAGE 2016

(コバヤシ画廊:東京)

2017

MESSAGE 2017

(コバヤシ画廊:東京)

17SEASONS−17人の現在

(ギャラリーヒルゲート:京都)

2018

風景画 vol.2

(ギャラリー白/ギャラリー白kuro:大阪)

ペインタリネス2018

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

いとおしい美術を求めて vol.2

(ギャラリー白:大阪)

ペインタリネス2019

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

MESSAGE 2019

(コバヤシ画廊:東京)

2020

垂線−垂直線の魅力

(ギャラリー白:大阪)

MESSAGE 2020

(コバヤシ画廊:東京)

2021

16seasons(16人の現在)

(ギャラリーヒルゲート:京都)

ペインタリネス2021

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2022

ペインタリネス2022

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2023

ペインタリネス2023

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)

2024

いとおしい美術を求めて vol.3

(ギャラリー白3:大阪)

ペインタリネス2024

 

(ギャラリー白/ギャラリー白3/ギャラリー白kuro:大阪)


壁画制作

シーフードレストラン フォモサ 六本木
オリエンタルダイニング SIKI 名古屋
シューズショップ SOUTH 京都

 


パブリックコレクション

原美術館